身近な人に起こった出来事
保険屋として働き続けるその想い
お客様に一生涯を捧げる覚悟とは

寺井 俊太Shunta Terai

1993年11月28日。埼玉県生まれ。
外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け、当時勤務していた不動産業界より転職。
入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

寺井 俊太Shunta Terai


1993年11月28日。埼玉県生まれ。
外資系金融機関よりヘッドハンティングを受け、当時勤務していた不動産業界より転職。 入社後は初年度にも関わらず、社長杯において入賞を果たす。

PROFILE

大学卒業後は業界最大手の不動産仲介業者に就職し、全国400人弱の同期の中で新人賞を獲得。その後外資系金融機関に転職し、入社初年度にも関わらず社長杯の入賞を果たす。

はじめに

はじめに

僕は保険屋として働く以上、中途半端な覚悟で仕事はせず、
お客様を一生支えていく覚悟で仕事をすると心に決めています。
保険というものは健康体のうちにしか入ることはできません。
万が一のことが起きてしまって、身体が不自由になってしまってからでは、
いくら保険がほしいと思っても加入することができないんです。

これからお話する話の中には、保険にまつわる僕の身近な人に起こった出来事も含まれています。
なぜ僕が保険というものを多くの方にお伝えしたいか、
このページから少しでも想いが伝われば嬉しいです。


僕は保険屋として働く以上、中途半端な覚悟で仕事はせず、 お客様を一生支えていく覚悟で仕事をすると心に決めています。 保険というものは健康体のうちにしか入ることはできません。 万が一のことが起きてしまって、身体が不自由になってしまってからでは、 いくら保険がほしいと思っても加入することができないんです。

これからお話する話の中には、保険にまつわる僕の身近な人に起こった出来事も含まれています。 なぜ僕が保険というものを多くの方にお伝えしたいか、 このページから少しでも想いが伝われば嬉しいです。


誠実に、真面目に

誠実に、真面目に

今の自分があるのはボクシングのおかげ



幼い頃から父親には厳しく育てられました。
誠実に真面目になれと、ひっぱたかれながら、怒鳴られながら育てられました。
中学生までは父親の言いつけで野球をしていたのですが、
高校にあがった時に、初めて自分の意思でボクシングを始めました。
あの時の決断でボクシングを続けてきたからこそ、今の僕があると思っています。




幼い頃から父親には厳しく育てられました。 誠実に真面目になれと、ひっぱたかれながら、怒鳴られながら育てられました。 中学生までは父親の言いつけで野球をしていたのですが、 高校にあがった時に、初めて自分の意思でボクシングを始めました。 あの時の決断でボクシングを続けてきたからこそ、今の僕があると思っています。


家族の愛情

家族の愛情

ボクシングのプロデビュー戦



高校生の頃の僕は親のいいつけも守らず、好き勝手に日々を過ごしていました。
正直、家族とはあまり仲が良くないと思っていたのですが、
大学2年生の時、プロライセンスを取得後にプロボクサーとしてのデビュー戦があり、そこに家族全員が来てくれたんです。
そして親が撮ってくれていたビデオを見返すと、
その中に、家では無口な両親が大声をあげて応援してくれている様子が映っていました。
それがとても嬉しかったです。デビュー戦の成績は大したことはなかったですが、
そこで家族の愛情というものを認識できました。
今はこれまでの恩返しの意味で、少しでも親孝行できるように毎日を過ごしています。




高校生の頃の僕は親のいいつけも守らず、好き勝手に日々を過ごしていました。 正直、家族とはあまり仲が良くないと思っていたのですが、 大学2年生の時、プロライセンスを取得後にプロボクサーとしてのデビュー戦があり、そこに家族全員が来てくれたんです。

そして親が撮ってくれていたビデオを見返すと、 その中に、家では無口な両親が大声をあげて応援してくれている様子が映っていました。 それがとても嬉しかったです。デビュー戦の成績は大したことはなかったですが、 そこで家族の愛情というものを認識できました。 今はこれまでの恩返しの意味で、少しでも親孝行できるように毎日を過ごしています。


死ぬ気でやれば、なんとかなる

死ぬ気でやれば、なんとかなる

続けた努力は報われる

高校生の時にボクシングを始めた僕ですが、元々は運動神経が悪く、
デビュー戦もKO負けでタンカで運ばれるほどでした。
努力もせずに遊んでばかりで不真面目だった僕ですが、
あるとき会長から「このままだとやっている意味がない。せっかく続けてきたこの何年間を無駄にしていいのか。
お前が今ここで頑張らないと、この先なにも頑張れないぞ」と言われました。

その言葉をきっかけに僕は本気でボクシングに取り組み始めました。
それから練習も真面目にやって努力し続けていくうちに、だんだんと手応えを感じ始め、
連敗から連勝に変わっていったんです。
その時に、本気にやれば何でもできると感じました。
例えどんなにつらくても、それは自分が頑張っていないだけ。
死ぬ気でやればなんとかなる、ということを体で学びました。

高校生の時にボクシングを始めた僕ですが、元々は運動神経が悪く、 デビュー戦もKO負けでタンカで運ばれるほどでした。 努力もせずに遊んでばかりで不真面目だった僕ですが、 あるとき会長から「このままだとやっている意味がない。せっかく続けてきたこの何年間を無駄にしていいのか。 お前が今ここで頑張らないと、この先なにも頑張れないぞ」と言われました。

その言葉をきっかけに僕は本気でボクシングに取り組み始めました。 それから練習も真面目にやって努力し続けていくうちに、だんだんと手応えを感じ始め、 連敗から連勝に変わっていったんです。 その時に、本気でやれば何でもできると感じました。 例えどんなにつらくても、それは自分が頑張っていないだけ。 死ぬ気でやればなんとかなる、ということを体で学びました。

不動産業界へ就職

不動産業界へ就職

営業成績は全国トップクラス

大学卒業後は、不動産業界へ就職しました。
そこはとても厳しい環境で、僕は同期の誰よりも契約が遅かったです。
というのも、入社半年後に宅地建物取引士(宅建)という国家資格の取得試験があったのですが、
まず半年間はひたすら勉強に打ち込むため、人生で初めてまともに勉強しました。
講習も受けながら、仕事が終わった後も勉強漬け、休みの日にも1日中勉強し続け、
おかげさまで資格を取得することができました。

宅建の試験が終わると、同期が試験から解放された喜びから遊び始めるのですが、
僕はそのタイミングでひたすら仕事に打ち込みました。
休みの日も夢中になって、普段行けない地方のお客様のところへ向かったり、
テレアポなどの仕事をして行くうちに、気がついたら成績が積み上がっていき、
最終的には数百人いる同期の中でも全国で3番目、新人賞を受賞することができたんです。

大学卒業後は、不動産業界へ就職しました。 そこはとても厳しい環境で、僕は同期の誰よりも契約が遅かったです。 というのも、入社半年後に宅地建物取引士(宅建)という国家資格の取得試験があったのですが、 まず半年間はひたすら勉強に打ち込むため、人生で初めてまともに勉強しました。 講習も受けながら、仕事が終わった後も勉強漬け、休みの日にも1日中勉強し続け、 おかげさまで資格を取得することができました。

宅建の試験が終わると、同期が試験から解放された喜びから遊び始めるのですが、 僕はそのタイミングでひたすら仕事に打ち込みました。 休みの日も夢中になって、普段行けない地方のお客様のところへ向かったり、テレアポなどの仕事をして行くうちに、気がついたら成績が積み上がっていき、 最終的には数百人いる同期の中でも全国で3番目、新人賞を受賞することができたんです。

保険業界への転職

保険業界への転職

苦しんだ新人時代

1年半ほど働いた頃に今の会社から声をかけていただき、そのタイミングで転職をしました。
最初はつらいもので、僕が保険屋として働き始めた頃にお話をさせていただいた方は、
保険に対して抵抗のある方ばかりで、とにかく暴言を吐かれ続けました。
しかし続けていくうちに、僕がどういう想いで仕事をしているのか、
なぜ保険業界で働き続けているのか、そんな想いを受け入れてくれる方が現れ始めて、
お預かりさせていただくお客様も増えたんです。

1年半ほど働いた頃に今の会社から声をかけていただき、そのタイミングで転職をしました。 最初はつらいもので、僕が保険屋として働き始めた頃にお話をさせていただいた方は、 保険に対して抵抗のある方ばかりで、とにかく暴言を吐かれ続けました。 しかし続けていくうちに、僕がどういう想いで仕事をしているのか、 なぜ保険業界で働き続けているのか、そんな想いを受け入れてくれる方が現れ始めて、 お預かりさせていただくお客様も増えたんです。

実の父親が不整脈で倒れる

実の父親が不整脈で倒れる

保険屋として働き続ける想い

僕は昔、保険なんていらないと思っていました。
でも1度しっかりと話を聞いてみると、自分にとって必要なことに気づきました。
そして保険というものを多くの方に伝えていきたいと思ったんです。

実は僕がこの業界で働き始めてすぐに、父親が不整脈で倒れ、
そして同じタイミングで前職の後輩も不整脈で倒れ、長期の入院を余儀なくされるという事がありました。
不幸中の幸いで、倒れる1ヶ月前に2人は僕の保険に入ってくれていました。
その時に入ってくれて本当に良かったと思ったし、父親とその後輩も入っていて本当に良かったと安心してくれました。
保険というものは健康体でないと入れません。
どんなに欲しいと思っても入ることはできないんです。

僕は身近な人に起こったこの出来事から、身体が健康な方にほど聞いてほしい、
少しずつでも保険というものを広めたいと強く意識するようになりました。
例えば、僕がしっかりと仕事をしなかったせいで、お伝えした方が保険は必要ないという決断をし、
その方に万が一のことが起きてしまったら、僕には何にもできないんです。

僕の話を聞いた上で、それでも保険がいらないと判断される時もありますし、お断り頂いても全然構わないんです。
ただ、少しでも多くの方に会って、保険に関して伝えられる事は全て伝えるという使命感を持って仕事をしています。
大切な事でも学校で教えて貰った方はいらっしゃらないと思いますので。

僕は昔、保険なんていらないと思っていました。 でも1度しっかりと話を聞いてみると、自分にとって必要なことに気づきました。 そして保険というものを多くの方に伝えていきたいと思ったんです。

実は僕がこの業界で働き始めてすぐに、父親が不整脈で倒れ、 そして同じタイミングで前職の後輩も不整脈で倒れ、長期の入院を余儀なくされるという事がありました。 不幸中の幸いで、倒れる1ヶ月前に2人は僕の保険に入ってくれていました。 その時に入ってくれて本当に良かったと思ったし、父親とその後輩も入っていて本当に良かったと安心してくれました。 保険というものは健康体でないと入れません。 どんなに欲しいと思っても入ることはできないんです。

僕は身近な人に起こったこの出来事から、身体が健康な方にほど聞いてほしい、 少しずつでも保険というものを広めたいと強く意識するようになりました。 例えば、僕がしっかりと仕事をしなかったせいで、お伝えした方が保険は必要ないという決断をし、 その方に万が一のことが起きてしまったら、僕には何にもできないんです。

僕の話を聞いた上で、それでも保険がいらないと判断される時もありますし、お断り頂いても全然構わないんです。 ただ、少しでも多くの方に会って、保険に関して伝えられる事は全て伝えるという使命感を持って仕事をしています。 大切な事でも学校で教えて貰った方はいらっしゃらないと思いますので。

お客様への想い

お客様への想い

真摯に向き合い続ける覚悟

最近、FPや代理店の方が、
保険はとりあえず節約して削りましょうと、何の責任もなく話をしている人が本当に多いように思います。
その方達は、目の前のお客様に何かあった時に保険金をお届けするっていうことを何にも考えずに話をしている気がします。
僕は目の前のお客様にとって、将来の為にどのくらいお金を備える必要があるのか、
その人にとってどのくらいの保障が必要なのかという事を考えて提案しています。

ただの保険の担当者ではなく、僕がお預かりしたお客様にはしっかりと解約金をお届けしたり、
万が一の時には保険金をお届けしたり、パートナーとしてお客様に対して覚悟をもって働き続けたいです。

これからお会いする方には、保険のこと、ご家族のこと、
そして今後の人生について真剣に考えられる時間を一緒に作れたらなと思っています。
そんな将来の話を、真剣に考える機会は中々無いと思いますので、
保険屋の僕とお会いした際には、安心できる未来をつくれるよう、その方のお役に立てれば幸いです。

最近、FPや代理店の方が、 保険はとりあえず節約して削りましょうと、何の責任もなく話をしている人が本当に多いように思います。 その方達は、目の前のお客様に何かあった時に保険金をお届けするっていうことを何にも考えずに話をしている気がします。 僕は目の前のお客様にとって、将来の為にどのくらいお金を備える必要があるのか、その人にとってどのくらいの保障が必要なのかという事を考えて提案しています。

ただの保険の担当者ではなく、僕がお預かりしたお客様にはしっかりと解約金をお届けしたり、 万が一の時には保険金をお届けしたり、パートナーとしてお客様に対して覚悟をもって働き続けたいです。

これからお会いする方には、保険のこと、ご家族のこと、 そして今後の人生について真剣に考えられる時間を一緒に作れたらなと思っています。 そんな将来の話を、真剣に考える機会は中々無いと思いますので、 保険屋の僕とお会いした際には、安心できる未来をつくれるよう、その方のお役に立てれば幸いです。

Photo and Written by Junya Okubo